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寝ても、覚めても、はたらく

自分は何者なのか分かっている人は、世の中にどのぐらいいるのでしょうか。自らの心と体の内を見つめ直し、真実の自分を知り、「救い」の存在を知る。そんな大切なことを気づかしてくれる、親鸞聖人のことば=和讃があります。「阿弥陀仏の大慈悲心から、私たちに向かって、はたらかれている誓願を、深く心に受入れられる人は皆、寝ている時にも起きている時にも、南無阿弥陀仏と念仏を称えよ」。親鸞聖人が残した和讃では以下のように記されています。

これは親鸞聖人の書いた「正像末法和讃」にある和讃です。阿弥陀仏のはたらきは、救いのはたらきであり、それはいつも、いつまでもはたらき続けている。だから寝ても覚めても、念仏を称えなさいという意味です。もちろん、私たちに、そんなことは出来ません。しかし、眠っていても阿弥陀仏は常に「救い」をはたらきかけているのです。それに気づくことで、自らの愚かさを知り、内から念仏が発せられる。自分の愚かさと、阿弥陀仏の「救い」のはたらき。このギャップの大きさに気づた時、はじめて「救い」の存在を知るのです。