1. HOME
  2. ともに親鸞
  3. ⑮ 門弟の上絡

⑮ 門弟の上絡

故郷の京都に帰った親鸞聖人は、著作活動に専念し、人々に教えを説くことはほとんどなかったといわれています。いくら著作が忙しかったからとはいえ、最も重要だと思われる布教活動が京都に帰ってぴたっと止まってしまったことは、親鸞聖人の大きな謎の一つです。京都において新しい門弟は生まれませんでしたが、専修寺を中心とした布教活動の結果生まれた関東の門弟たちは、機会があれば上絡して親鸞聖人のもとを訪れ、教えを乞いました。しかし、鎌倉時代の当時、関東から京都への道中は大変過酷なものでした。江戸時代のようにまだ街道が整備されておらず、旅宿も満足になかった鎌倉時代の東海道をひたすらに歩いていくことは、文字通り命がけでした。そうまでして親鸞聖人に会いに来るわけですから、門弟たちにとって親鸞聖人という人物がいかに大きな存在であったかがうかがえます。下に掲げた絵伝に登場する平太郎も、関東から京都へやってきた門弟の一人です。主人のお供として常陸の国からやってきたようです。その彼が、熊野詣の際に、仏を信ずる
「親鸞聖人繪傳」専修寺関東別院 所蔵者が神を拝んで良いのかどうかと親鸞聖人に教えを求めましたが、そのエピソードは次回お話しします。

「親鸞聖人繪傳」専修寺関東別院 所蔵